大阪地方裁判所 平成8年(ワ)9870号 判決 1999年1月25日
原告
神田雅之
右訴訟代理人弁護士
井上俊治
菅聡一郎
被告
日本土地建物株式会社
右代表者代表取締役
内田恒雄
右訴訟代理人弁護士
米田秀実
藤川義人
浦中裕孝
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
原告が、被告に対し、雇用契約に基づく権利を有することを確認する。
第二事案の概要
本件は、被告が、その従業員である原告を、原告が業務上使用した登記印紙代の立替金について偽造の売渡証明書を利用して不正に清算請求したとして、懲戒解雇したのに対し、原告が、<1>被告に提出した売渡証明書は真正なものであり、懲戒事由は存しない、<2>被告は原告に弁明の機会を与えておらず、右懲戒解雇は適正手続違反である、<3>懲戒事由があるとしても軽微なものであるから解雇するのは解雇権の濫用であるとして解雇の無効を主張し、雇用契約上の地位の確認を求めた事案である。
一 前提となる事実(いずれも、当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実である)
1 被告は、不動産関連の各種事業を目的とする株式会社である。原告は昭和五七年四月、被告と雇用契約を締結し、その従業員となった。原告は、被告に入社以来、平成七年一〇月に懲戒解雇されるまで一貫して被告大阪支社に勤務し、不動産の鑑定評価及び有効活用計画立案の業務に従事してきた。この間、原告は、昭和五六年一二月に宅地建物取引主任者、同六〇年一二月に不動産鑑定士補、同六二年三月に不動産鑑定士、平成四年二月に再開発コーディネーター、同七年三月に不動産コンサルタントの各資格を取得している。原告は、被告において、昭和六三年に主任、平成五年四月に調査役に昇格している。
2 被告の常務兼総務部長の福島源久(以下「福島」という)と常務兼大阪支社長の池永恵一(以下「池永」という)は、平成七年一〇月二三日、原告と面談し、原告が嵯峨法務局職員厚生会(以下「職員厚生会」という)名義の売渡証明書(領収書)を偽造し、業務に関する登記印紙代立替金の不正請求をしたとする件について弁明を求め、原告に自主的に退職するよう勧めた。しかし、原告はこれを拒否したため、同人らは自主的に退職しない場合は懲戒解雇せざるを得ないことを説明した上で、原告を自宅待機処分とした。
翌二四日、原告は被告大阪支社を訪れ、福島及び池永と再び面談している。
3 原告は、被告に呼び出されて平成七年一〇月三〇日に出社したところ、懲戒解雇する旨の通告を受け、解雇予告手当を受領するようにいわれた(以下「本件懲戒解雇」という)。原告は、翌三一日、就業規則四二条一項(法令、定款、この規則その他当社の規程に違反したとき)、二項(職務上義務に違反し、又は職務を怠ったとき)及び四項(職務の内外を問わず、当社に損失を及ぼすような行為のあったとき)違反を理由に懲戒解雇する旨の被告からの内容証明郵便を受領し、同年一一月一七日、副部長の長沼及び主任調査役の塩川から解雇予告手当を受領した。
4 原告は、平成八年三月一日付の内容証明郵便により、被告に本件懲戒解雇の撤回を求めたが、被告は同月一四日付回答書でそれを拒絶し、原告の従業員たる地位を否認している。
二 争点
1 原告が、被告に対し、偽造の売渡証明書を使用して登記印紙代名下に不正に立替金の請求をしたか(懲戒解雇事由の有無)。
2 本件懲戒解雇が適正手続違反で無効であるか。
3 本件懲戒解雇が解雇権の濫用にあたるか。
三 原告の主張
1 争点1について(懲戒解雇事由の不存在)
原告が被告に提出した売渡証明書は、原告が京都法務局嵯峨出張所(以下「嵯峨出張所」という)において職員厚生会から登記印紙を購入した際に交付された職員厚生会名義の真正なものである。本件懲戒解雇当時の被告は社長である高杉彰(以下「高杉」という)のワンマン経営であったが、高杉は原告に依頼した義兄の鞍田昌彦(以下「鞍田」という)の裁判の援助が気にいらなかったのか、知られたくない事情を原告に知られたと思ったのか理由は定かではないが、その私怨によって原告を排除しようと企て、以下に述べるとおり、何らの懲戒事由もないにもかかわらず原告を懲戒解雇したのである。
(一) 被告による許可及び指示
被告が問題とする登記印紙の購入は、原告の上司である被告大阪支社不動産部長山本英男(以下「山本」という)の許可を得て現実になされており、原告が行った業務において現実に使用されている。清算の請求についても、山本から小口に分割するようにとの指示があったのであり、請求のたびごとに山本の詳細なチェックを受けている。被告の管理監督体制、チェック体制からして、不正な分割請求をすることなど不可能である。
(二) 登記印紙の購入時期及び枚数
原告は、平成五年中は、登記印紙を購入するたびごとに被告に請求したものである。平成六年以降に請求したものは、次のとおり、嵯峨出張所において職員厚生会から一回あたり八万円分の登記印紙を四回にわたって一括購入し、いずれにおいても、額面一六〇〇円の売渡証明書を五〇枚受領した。右売渡証明書にはすべて日付の記載がなかった。
(1) 平成六年一月一八日(名古屋出張からの帰途)
四〇〇円を一〇〇枚
八〇〇円を五〇枚
(2) 平成六年二月八日(兵庫県氷上郡山南町出張からの帰途)
四〇〇円を一〇〇枚
八〇〇円を五〇枚
(3) 平成六年二月二五日(嵐山出張の際)
四〇〇円を一〇〇枚
八〇〇円を五〇枚
(3) 平成六年三月四日(京都市役所出張の際)
八〇〇円を一〇〇枚
(三) 登記印紙の業務における使用
原告は右のとおり購入した三二万円分の登記印紙のうち、約二八万円分を現実に業務において使用している。原告は、平成六年一月から、同七年一〇月までの間に、少なくとも合計六六件の不動産調査書及び鑑定評価書を作成しており、鞍田に関する業務については、三万円程度の登記印紙を使用している。立替金総額三二万円のうち、原告は二八万円分を請求しており、残額四万円については、登記印紙が未使用のため、請求していない。
平成六年二月以降の「登記印紙使用明細書」、「鑑定評価書」、「鑑定評価受付整理簿」、「不動産登記簿謄本」(原告が業務で取り寄せたもの)等を見れば現実に業務でいくらの登記印紙を使用したかが判明するにもかかわらず、被告は一切これらを開示しない。
(四) 一括購入の合理性
平成六年一月当時、同月下旬に兼松の事件が大量にはいることが予測されたため、大量の登記印紙が必要になることが確実であった。そのため、原告は当時の部長である寺本に相談したが、寺本は、次期部長の山本着任後の業務になることから、山本の理解を得ておくよう指示をした。そこで、原告は、平成六年一月一七日の名古屋出張の際、山本と会い、一括購入について事前承諾を得た。原告は、その後も一括購入につき山本に何度も話をし、承諾を得ていた。なお、寺本部長時代はその都度購入していた。
(五) 嵯峨出張所で購入することの合理性
原告は、平成五年から同六年前半にかけて、業務(東京シティファイナンスと大森興産の件)で嵯峨にしばしば足を運ぶ必要があり、その際に嵯峨出張所によく立ち寄った。嵯峨に出かけた際、現地にほど近い嵯峨出張所を、休憩や時間調整のために利用することが多かったのである。
(二)(1)の購入は、名古屋出張からの帰途、本来の予定外の自発的な現地調査のために途中下車して嵯峨に立ち寄った際のものであり、嵯峨まで加えて請求すべき交通費はなかった。
(二)(2)の購入は、兼松の事件で兵庫県氷上群山南町に出張した際、現地調査のために途中下車して嵯峨に立ち寄った際のものであり、やはり加えて請求すべき交通費はなかった。
(二)(3)の購入は、大森興産の件で現地に写真撮影に行った際のものであり、阪急電車で嵐山まで出かけ、その分の交通費の請求をしている(書証略)。
(二)(4)の購入は、京都市役所に出張した際、京都から嵯峨まで現地調査のためJRで出かけた際のものであり、この日以前に山本から職分の関係で嵯峨までの交通費の請求を控えるよう指示されていたため、京都・嵯峨間の交通費は請求していない。
(六) (書証略)(被告提出の売渡証明書)について
立替金請求の際に原告から被告に提出された売渡証明書であるとして被告が書証として提出する(書証略)(物品購入伺を除く)のうち、前半七八枚(書証略)については、次の(1)のとおり、原告が被告に提出した真正なものであるが、後半の一〇七枚(書証略)については、次の(2)のとおり不審な点が多く、原告が職員厚生会から受領した真正なものか極めて疑わしく、被告が高杉社長の指示のもとに売渡証明書に手を加えている可能性が極めて高い。したがって、仮に後半一〇七枚の売渡証明書が真正なものでないとしても、右一〇七枚に対応する原告が被告に提出した真正な売渡証明書は別に存在していたが、原告以外の何者かにより破棄されたと考えざるを得ない。
(1) 前半七八枚の売渡証明書
前半七八枚の売渡証明書については、その「畑野」の印影が、職員厚生会が使用していた印章による印影であるとして被告が提出した(書証略)における「畑野」の印影と同一の印章によるものであること、大きさ、形状もB5版の用紙を裁断機で六つに裁断して作成されたものとして合理的な誤差の範囲内であることから、職員厚生会によって作成された真正なものであることは明らかである。
(2) 後半一〇七枚の売渡証明書
後半一〇七枚の売渡証明書については、その「畑野」の印影が、(書証略)のそれと同一の印章によって顕出されたものではないこと、大きさ、形状が極めてバラバラであること、重ねて台紙に貼付され、複数枚まとめて決済印が押されていること、決済印(「小合」)の印影が欠けているものがあること、印影が滲んでいるものがあること、決済印がそもそもないものもあること等、不審な点が多い。
2 争点2について(本件懲戒解雇の手続の違法)
原告は、平成七年一〇月二三日、突然、福島及び池永から呼び出されて同人らと面談したところ、同人らは、原告に対し、登記印紙代の不正請求という就業規則違反があるので、辞表を書くか懲戒解雇しかないとの通告をした。
原告は、翌二四日にも福島及び池永と面談したが、全く事情を聞き入れてもらえず、福島に「会社のいうことを聞かないと、鑑定士としての生命を断つぞ」と脅迫された。
また、同月末の被告による解雇通告に対し、原告は当初解雇予告手当の受領を拒否したが、被告から受領しないと国民健康保健の手続をしないといわれ、やむなく平成七年一一月一七日に受領した。原告は右処分に納得できなかったので、その後、高杉及び専務である福原蓮一(以下「福原」という)に連絡を取ったが、福原から「事を荒立てると承知しない」と脅迫されたため、訴訟を起こすしかないと考えるに至った。
平成七年一〇月二三日の最初の面談から解雇通告までの間、原告は、直属の上司であり、事情を知悉している山本の面談への同席を被告に求めたが、同席は得られなかった。原告は、たった一枚の売渡証明書を叩き付けられたのみで、売渡証明書を偽造したものと断定され、不正請求の金額さえ告知されないまま弁明に耳を貸してもらえず、長時間にわたり辞表を書くか懲戒解雇かの選択を強要された。
このような性急かつ強引な解雇は手続的にも違法であり、無効というべきである。
3 争点3について(解雇権の濫用)
たとえ原告に不正請求があったとしても、極めて些少な額であり、入社以来一三年七か月もの長期間、特に問題を起こすことなく勤務態度も良好であった原告を懲戒解雇という最も厳しい処分に処するのは苛酷に失し、他の者とも著しく不均衡であるし、また、鞍田の裁判への支援の件を理由として高杉の強い意思が働いている点で、本件懲戒解雇は解雇権の濫用として無効である。
四 被告の主張
1 争点1について(懲戒解雇事由)
原告は、平成五年五月から平成七年一〇月まで、別表のとおり三六回にわたり、日付のない偽造の売渡証明書(職員厚生会名義)を被告に提出して登記印紙代名下に合計二九万六〇〇〇円を不正請求した。被告は右の不正請求のすべてを懲戒解雇事由として主張するものである。以下に述べるとおり、原告の主張には理由がない。
(一) 被告による許可及び指示はない
原告は、小口の分割請求は山本から指示されたと主張するが、平成七年一〇月二三日の福島及び池永に対する説明では自分の一存でやったと述べており、矛盾する。また、小口に分割して請求することに何の意味もない。
なお、山本は、平成六年二月初めに被告大阪支社に着任したのであり、同年一月中旬の時点で原告に対し何らかの許可、指示をできる立場になかった。
(二) 登記印紙の購入時期及び枚数の不合理性
原告は、平成六年一月から同年三月にかけて、四〇〇円の登記印紙を合計三〇〇枚(一二万円分)、八〇〇円の登記印紙を合計二五〇枚(二〇万円分)購入したと主張するが、原告が被告に提出した平成六年一月以降の物品購入伺をみると、四〇〇円の登記印紙を五二〇枚(二〇万八〇〇〇円分)、八〇〇円の登記印紙を四〇枚(三万二〇〇〇円分)購入したことになり、矛盾する。また、嵯峨出張所では、一人に八万円もの高額の登記印紙の売渡しはしていない。
なお、原告が被告に提出した物品購入伺の中には、平成六年一月以前にも日付のない売渡証明書を使っての請求がある(書証略)。
(三) 原告の業務上使用する登記印紙代について
被告の業務における鑑定等の依頼者は、第一勧業銀行のグループ会社もしくは関係先であることが多く、依頼者自身が登記簿謄本を持参する場合が大半であるから、原告が自ら登記簿謄本を取ったり、閲覧することは稀であった。また、原告の作成した鑑定評価書に、不動産登記簿謄本が添付されたものは一通もない。したがって、原告が現実に業務上必要とする登記印紙はわずかである。
(四) 一括購入の不合理性
原告は、平成六年一月一七日の名古屋出張の際に山本から一括購入の承諾を得たと主張するが、そのような事実はない。
そもそも嵯峨出張所では、一日に二万円程度の登記印紙しか用意しておらず、一度に八万円分もの登記印紙を売ることはない。まして、一六〇〇円の日付のない売渡証明書を五〇枚も交付することはあり得ない。
(五) 嵯峨出張所で購入することの不合理性
被告の大阪支店から徒歩一、二分のところに郵便局があり、そこでいつでも登記印紙の購入は可能であり、事務員に購入を指示することも可能なのであるから、原告がわざわざ嵯峨で一括購入する理由など全くない。
原告は必ず地下鉄一区間分の交通費まで被告に請求しているにもかかわらず、嵯峨へ行くための交通費の請求は一度もしておらず、これは、原告がその主張する日時に嵯峨出張所に行っていないことを示すものである。
(六) (書証略)について
嵯峨出張所における売渡証明書の発行は次のようになされており、原告が被告に提出した売渡証明書(いずれも日付がなく、シャチハタ印による印影がなく、すべて一六〇〇円の額面の多数枚である)は、偽造であることが明らかである。
(1) 毎朝その日に売れる枚数を見込んで売渡証明書に日付を押印して窓口に提出し、業務時間終了後、余った売渡証明書は全て破棄する。
(2) 売渡証明書を発行する際、平成五年四月から約三か月間は「畑野」名義の丸印を押印していたが、同年七月ころからは畑野名義のシャチハタ印に変えた。さらに、平成六年一〇月ころからは、「嵯峨法務局職員厚生会」名義の角印を使用している。
(3) 登記印紙代が高額の場合、なるべく売渡証明書は一枚にまとめて発行する。
(4) B5版の用紙を均等に六つ切りにして、売渡証明書を作成している。
なお、鑑定によれば、(書証略)のうち前半七八枚の印影と、(書証略)の印影とが同一であるとの結果が出ており、これを根拠に原告は、前半七八枚の売渡証明書の真正を主張するが、仮に右鑑定結果が信用できるものであるとしても、原告が何らかのルートで不正に法務局内部の者から売渡証明書の用紙を大量に入手したからにすぎず、原告が偽造したものであることに変わりはない。そして、前半七八枚を使い切った原告は、後半一〇七枚の偽造を開始したのである。
後半一〇七枚について、原告は、被告が偽装工作を行ったと主張するが、被告の会社内のシステム上、そのようなことは不可能である。複数枚まとめて決済印を押している点は、前半七八枚にも同様にみられるし、決済印が欠けているものは、不在で処理に携わらなかっただけであり、副部長が捺印している以上、何ら手続に問題はない。印影が欠けている点についても、台紙に貼り付けるのが捺印の後であるから何ら不審ではない。
2 争点2について(懲戒解雇手続の適正)
被告は、原告に対して、十分な告知聴聞を行っており、本件懲戒解雇に手続違反はない。平成七年一〇月二三日、二四日の面談において、原告は山本の同席を求めていないし、山本からの指示で小口の分割請求をした旨の弁明もしていない。
(一) 平成七年一〇月二三日の面談において、福島と池永が原告に不正請求の件を告知し、弁明を求めた。被告が、原告に登記印紙を売った法務局の者の氏名を教えるように求めたところ、原告は「印紙を買ったのは事実だ。それ以上は相手に迷惑をかけるのでいえない」旨回答し、その他の質問に対しても、「売渡証明書の額面が全て一六〇〇円なのは、登記簿謄本の印紙代が四〇〇円であり、その倍数だからである」「嵯峨出張所ばかりなのは、そこの人が非常に親切にしてくれるので利用するようになったためである」「売渡証明書に日付がない理由は分からない。法務局の中の問題であろう」などと不合理な弁明を繰返した。
(二) 翌二四日の再面談の際も、原告は「三〇万円くらいの印紙をまとめ買いし、額面一六〇〇円の売渡証明書を二〇〇枚近くもらった」などという極めて不合理な説明をし、その他の説明も前日の内容と全く異なっていた。また、前日二三日の面談を含め、山本の了解を得ていたという弁明は一切なされていない。
(三) 同月三〇日、福島及び池永は再び原告と面談し、自主退職を勧めたが、原告はこれを拒否したため、翌三一日付で解雇するので解雇予告手当を受領するように口頭で通告した。
3 争点3について(本件懲戒解雇の正当性)
原告の行為は、偽造の売渡証明書を行使して不正に費用を請求するという悪質なものであり、期間も長期にわたっているだけでなく、被告の求釈明に対しても原告は開き直って何ら反省の色もないなど、情状は悪い。被告は金銭に関わる不正については厳しく対処する社風であり、本件のような不正行為をした従業員を解雇しなければ企業内の秩序を保持できない。本件懲戒解雇は完全に正当なものである。
第三争点に対する当裁判所の判断
一 争点1(懲戒解雇事由の有無)について
1 被告は、原告が登記印紙代名下に不正に清算請求したことを理由に懲戒解雇したものであるが、その不正請求にあたり偽造の売渡証明書を提出したと主張し、その偽造売渡証明書が、(書証略)(孫番号を含む。ただし、孫番号の各一を除く。以下、(書証略)までの七八枚を「前半七八枚」といい、(書証略)以下の一〇七枚を「後半一〇七枚」という)であるという。右の前半七八枚については、鑑定人清水達造の鑑定の結果によれば、これに顕出された代表者畑野清次名下の印影が職員厚生会において平成五年四月からしばらくの間現実に使用されていた印章と同一の印章によって顕出されたものであることが認められ、これによれば、前半七八枚については真正に作成されたものであるかのようである。しかしながら、(証拠略)によれば、職員厚生会がその発行する売渡証明書に顕出していた印影は、平成五年四月から「畑野」と刻した丸形のもので、その使用期間は明確でないものの、長くても数か月であり、平成六年までにこれと異なるいわゆるシャチハタ印に変わり、同年一〇月一一日以降は「嵯峨法務局職員厚生会」と刻する角形の印に変わったことが認められる。これによれば、前半七八枚のうち平成六年に清算請求された売渡証明書についてこれを同年一月以降に交付を受けたとする原告の主張には疑問が生じることとなる。
2 そこで、以下、右売渡証明書を原告が入手した経緯等について検討を加える。
(一) 原告は、登記印紙の購入については、平成六年一月一七日に、被告大阪支社不動産部長山本に、これを一括して購入することの許可を得たもので、その際、清算請求については小口に分割するように指示されたと主張するのであるが、(証拠略)によれば、山本は、当時名古屋支店長であり、平成六年二月初めに被告大阪支社に転勤となったもので(転勤の発表は同年一月二五日)、同年一月中旬の時点で原告に対し何らかの許可、指示をできる立場になかったこと、山本から原告に対して登記印紙の立替金を小口に分けて請求するようにとの指示はなかったことが認められる。
原告本人は、山本が大阪支社に着任する前の平成六年一月一七日に原告が名古屋に出張に行った際に山本と会い、登記印紙の購入の許可を受けた旨供述するが、右時期は山本が大阪に赴任することが発表されていない時期であるし、登記印紙の購入といった細目的な事項についてわざわざ着任前の上司の判断を仰ぐというのもあまりにも不合理であり、原告本人の右供述は措信しがたい。また、立替金を小口に分けて請求するように被告が原告に指示する合理的理由は見出しがたく、そのような指示があったとする(書証略)及び原告本人の供述は信用できない。
(二) (書証略)によれば、被告には二万円程度の登記印紙のストックがあり、少し減るとすぐに追加されるシステムになっており、「登記印紙受払簿」を利用することによって被告内で調達することができ、それが原則的な登記印紙の入手方法であること、事務職員に頼めば被告大阪支社に近い郵便局で登記印紙を購入してきて貰うことも容易であったことが認められる。右事実によれば、原告自らが八万円(四回を合計すると三二万円)もの大金を立て替えて登記印紙を事前に大量購入しておくことに合理性は見出しがたい。
なお、一括して大量に登記印紙を購入しておく合理性について、原告は、兼松の事件が大量にはいることが予測された旨主張するが、仮にそのような事件が予測される場合であっても、被告の事務職員にあらかじめ必要な登記印紙の購入を頼めばすむことであり、そうすべきものである。
(三) また、原告は、計三二万円分もの登記印紙をなぜ嵯峨出張所で購入したのかについて、合理的な説明をしていない。原告本人は、嵯峨出張所で時間調整をしていた際に購入した等と供述するが、その内容は不自然であって信用し難いし、そもそも右説明は被告社内や被告大阪支社の近所にある郵便局や法務局においても容易に入手しうる登記印紙を嵯峨出張所で大量に購入しなければならない理由としては全く薄弱である。
しかも、(書証略)によれば、原告は、被告の社外に出たときは、かなり細かく交通費の請求をしていることが認められるが、原告が登記印紙を購入したと主張する四回のうち、平成六年二月二五日を除く三回については、原告は京都と嵯峨の間の交通費を請求していない。まず、平成六年二月八日については、出張に行って途中下車をしたので、加えて請求すべき交通費がなかった旨主張するが、(書証略)によれば、同日の出張経路として被告に届けられている中に嵯峨はなく、もし出張先の兵庫県氷上郡山南町の谷川駅から遠回りして福知山線を経てJR山陰本線を利用して嵯峨を経由したとすれば費用が増加することは明かであり、原告の右主張は不合理である。また、他の回に交通費を請求しなかった理由についても、原告本人は、被告が暴力団との関係がある水商売の会社と関わるのが好ましくないとの配慮から寺本部長と相談のうえ交通費の請求をしなかったとの供述をするが、原告が被告に交通費を請求することが何故暴力団関係の水商売の会社と関わることになるのか明らかでないし、職分を侵害される不動産部との関係で山本から請求を控えるように指示されたとの主張も同様に不合理である。
(四) 以上によれば、登記印紙を一括購入することに山本の許可を得て平成六年一月から同年三月までの間に、四回にわたり、各回八万円分ずつ合計三二万円分の登記印紙を購入したとの被告の主張は、その必要性や方法など不合理な点が多く採用できないもので、右主張に沿う原告本人の供述は著しく信用性を欠くもので、かえって、真実を隠蔽しているのではないかとの疑いを拭いきれない。
3 売渡証明書の後半一〇七枚については、前半七八枚とは異なる丸形の印章が使用されているのであるが、前述のとおり、職員厚生会が平成六年以降に後半一〇七枚に顕出されているような丸形の印章を使用していないことからすれば、これは真正に作成されたものでないといわざるを得ない。
後半一〇七枚についても、これは原告作成の物品購入伺に添付されて、原告が立替購入した登記印紙代の清算の請求に使用された書類の形状をとっているところ、原告本人は、後半一〇七枚について、原告が提出したものを被告において破棄したうえ、原告を陥れるため偽造のものに替えた旨主張するが、複数の者が決裁するなどして経理処理された書類を一年以上経過してから偽造の文書と取り替えるなどということは、容易にできることではなく、被告にとってもそのようなことをする必要性がないから、原告の右主張事実は認めることができない。なお、原告は、被告の社長である高杉が私怨によって部下に指示して偽造の売渡証明書に替えさせたかのように主張するが、原告のいう私怨というものも些細な事柄であって、多数の従業員を巻き込み、偽造という犯罪に当たる手段をとってまで晴らさなければならないようなものではなく、原告の右主張は採用のかぎりでない。
そうであれば、原告は、真正でない売渡証明書を添付して登記印紙代の清算を請求したものといわなければならない。
4 次に、原告が被告に清算請求した額に相当する登記印紙を被告の業務に使用しているか否かを検討するに、(書証略)によれば、平成六年一月から平成七年一〇月までの間に、被告の大阪支社において発行された鑑定評価書及び不動産調査書は合計六六件であり、それらを作成するために原告が必要とする登記印紙代は、対象不動産の件数等からみて最大に見積もった場合でも一六万六〇〇〇円にしかならず、現実には依頼者から謄本が提出されることも多く、すべての対象不動産の謄本申請をする必要はないから、右金額を相当下回るものであることが認められる。また、原告は、鞍田の関係の仕事に約三万円の登記印紙を使用した旨主張するが、(書証略)によれば、鞍田の案件の場合、八八〇〇円程度であることが認められ、やはり原告の主張は誇張されているといわざるを得ない。
5 以上によれば、原告が立て替えたとしてした登記印紙代の清算請求については、六六件の鑑定書等を作成していることから閲覧謄写のために現実に使用した登記印紙代を含むことは認められるものの、その額の程度に、後半一〇七枚の売渡証明書が真正なものでないことを併せ考慮すれば、少なくとも後半一〇七枚の売渡証明書を添付してした清算請求はこれを不正な請求であったと認めるのが相当である。
二 争点2(適正手続違反の有無)について
(書証略)によれば、次の事実が認められる。
1 平成七年一〇月二三日の面談において、福島と池永が原告に不正請求の件を告知し、弁明を求めた。右両名が、原告に登記印紙を売った法務局の者の氏名を教えるように求めたところ、原告は「印紙を買ったのは事実だ。それ以上は相手に迷惑をかけるのでいえない」旨回答し、その他の質問に対しても、「売渡証明書の額面が全て一六〇〇円なのは、登記簿謄本の印紙代が四〇〇円であり、その倍数だからである」「嵯峨出張所ばかりなのは、そこの人が非常に親切にしてくれるので利用するようになったためである」「売渡証明書に日付がない理由は分からない。法務局の中の問題であろう」という弁明を繰り返した。
2 翌二四日の再面談の際も、原告は「三〇万円くらいの印紙をまとめ買いし、額面一六〇〇円の売渡証明書を二〇〇枚近くもらった」という説明をし、その他の説明も前日の内容と全く異なっていた。また、前日二三日の面談を含め、山本の了解を得ていたという弁明は一切なされなかった。
3 同月三〇日、福島及び池永は再び原告と面談し、自主退職を勧めたが、原告はこれを拒否したため、翌三一日付で解雇するので解雇予告手当を受領するように口頭で通告した。
右認定の事実によれば、被告は、原告に対し、平成七年一〇月二三日、同月二四日、同月三〇日の三回にわたり弁明の機会を与えているから、本件懲戒解雇が、手続的要件を充足することは明かであり、原告の適正手続違反の主張には理由がない。なお、原告本人は、(書証略)の記載内容は事実に反し、原告は面談において山本の同席を求めたが被告に聞き入れられなかった、原告もその面談の様子はメモに記録している旨供述するが、右メモが書証として提出されておらず、右供述は信用できない。
三 争点3(解雇権の濫用の有無)について
前記認定の事実によれば、原告の行為は、長期間にわたって偽造の売渡証明書を提出して被告に対し不正に少なくとも一七万一二〇〇円の立替金の請求をするという悪質なものであり、被告がその行為を追及した後も不合理な弁解に終始するなど反省の色がみられないから、不正請求の金額が多額とはいえないことを考慮しても、被告のした本件懲戒解雇が著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないとはいえず、解雇権の濫用にはあたらない。
第四結論
以上によれば、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 谷口安史 裁判官 和田健)
別表(略)